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雨読雨読

周潤發のそっくりさん(←異論はありましょうが私見ですから)こと、醗酵博士小泉武夫先生の

くさいものにフタをしない (新潮文庫 こ 37-2)

を読み始めた。

造り酒屋の息子のくせに納豆好きで、隠れてまで納豆を食べ、醗酵食・醗酵の世界にハマっていったというエピソードがあった。まるで「もやしもん」の沢木惣右衛門直保と結城蛍を足して2で割ったような方である。

小学生に醗酵食を見せたところ、はじめは「臭い」「腐ってる」と言っていた子も、先生が旨そうに食べてみせると「自分も食べてみたい」「おいしい」と述べ、さらに醗酵臭と腐敗臭との区別もついたというエピソードがあった。まるで「もやしもん」の樹慶蔵教授のような方である。

樹教授のモデルが小泉先生でないということは作者様が何遍も仰っているけれど、まあインスパイアされる仲とでも言っておけば良いのではないだろうか。

リンク貼りついでにアマゾンのカスタマーレビューを見ると、「他の本と同じ話が出ていて損した気分」のような事が書いてあった。仕方がない。年寄りは同じ話を何度もするものだからである。

さて続きを、と思ったら本がない。
読みかけ本紛失事件はしょっちゅうなので、慌てず騒がず次の本を取り出す。

昭和電車少年 (ちくま文庫 し 5-5)

強面の職人という印象の実相寺昭雄監督の鉄道にまつわる随筆・随想で、もったいなくてちびちび読んでいたのの続きを読む。

強面に見える実相寺監督、戦前(戦中か)の暁星小に通っていたおぼっちゃまでいらっしゃる。しかも当時から鉄道友の会に入り交通博物館(戦中は鉄道博物館と称したのだそう)通いをしていたというから、筋金入りの鉄道ファンでもいらっしゃる。

マジで鉄道ファンをやろうと思ったらある程度の財力がないと難しいのは、名だたる鉄道研究会に籍を置く方々や高級鉄道模型店に集う方々を見ればおのずと分かる。みな一様に貴顕紳士然としておられます(傍から見ただけですけどね)。

というわけで、幼時より慣れ親しんだ交通博物館への思いは格別に強く、本の初めにも終わりにも、聖地としての交通博物館に寄せた文章が載っている。
特に閉館の日を迎える心境を綴った文には、ちょうどその二、三日前に現地を訪れていたこともあり(←ホントは「竹むら」狙いだったのに、ついふらふらと入ってしまった)、郷愁を誘われる。

それ以外の鉄道に関する文章も、見たり乗ったりの記憶がいかにも楽しげに書かれており、読んでいるこちらも幸せな気分にしてもらえる。
姿を消した都電に関して、「何で、あんなに素敵な乗り物を駆逐したのか……と、気が遠くなる。口惜しくなる」という表現があり、思わずうんうんと肯いてしまう(リアルタイムでは知りませんが)ほど、たいそう熱のある文章を書かれる方なのであった。

うーん、やっぱりもったいないので少しだけにしておこ。

そこで取り出しましたるは、

水滸伝 4 (4) 道蛇の章 (集英社文庫 き 3-47)

なのだが、これが最寄りの書店に買いに行ったらまたもや品切れだった。
なんでやねん。

二日後に少々品出しされていたのでブーたれながら購入。

実は今年の初春、とある講演会で生北方先生のご尊顔を拝す機会に恵まれた。ちょいワルオヤジ(本当はかーなーりワルらしいですがよく知らない)の先駆者とでも申し上げるべき雰囲気を漂わせつつ、過去のハードな冒険譚をお話しになる先生はカッコ良かった。
もしや先生はヘミングウェイになりたかったのかと思ったが、やはり北方謙三たらんとしておられるのだと拝察する。ヘミングウェイはそこまで(オネエチャンとかスーパーカーとかクルージングとか)遊んでいなかったのではないかとも思われる。

北方謙三作品タイトルが生まれる時

↑笑いました。悩んでいるのか、いないのか。まあある種の閃きであることは確かですね。

 

今日は晴れたら洗濯、と思っていたのに晴れなかった。気温といい湿度といい、洗濯物をためるとサルマタケ(ハラタケ目サルマタケ科サルマタケ属ササクレサルマタケ節チョットダケ亜節)が発生する恐れがあるので今から洗濯することにする。

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